多摩川にはレンマという猫が存在していたことがあります。時期によって違いはあれど、常に20数匹の猫がいてレンマはその中のボスでした。辺りは天気さえ良ければ一日中人通りの多い場所、朝から夕暮れまで幾多の人が行きかいます。当然のことながら犬の散歩も多く、その中にはそこにいる猫にわざわざ犬を近づけたり、人によってはリードを外して猫を追わせる輩もいたのです。そういった犬に限ってもともと躾が不十分で気荒な性格なのです。
レンマは自らが災難を受けなくても、仲間の猫が嫌がらせを受けているのが目に入ると即効でその犬に立ち向かっていました。自分よりは何倍もある犬に真正面から攻撃を加えます。犬も興奮して反撃を試みますが、レンマは一歩も引くことはありませんでした。
私がそれを初めて見たときは驚きましたが、以来幾度となく目にすることになります。柴犬や甲斐犬、小型~大型犬、勝負は短時間で決します。そしてレンマは過去一度も負けたことがありません。
とはいえ相手は犬、完全に無傷という訳にはいきません。そんな訳でレンマはいつも生傷の絶えない猫だったのです。
2006年3月24日、20数匹の猫のうちレンマを含む9匹の猫が毒殺されたのです。その日の夜から次々と口から泡を吹いてケイレンしながら息絶えていったのです。9匹のうちで最後に死んだのがレンマだったそうです。
翌朝25日、朝5時頃におぃちゃんの膝の上で苦しみながら息絶えたそうです。(今日がレンマの命日です)
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過去に写真展などでレンマの写真を前に「犯人はどうなったのか」「誰なのか」というご質問を受けたことがありましたので、ここで少し書いておきます。
2006年3月24日、いつものようにレンマのおばちゃんは目の前にいる複数匹の猫に目を配っていたところ、たくさんの人が行きかう中で20代のカップルが腰を下ろし、おばちゃんの方に背を向けて猫に何かを食べさせていたのです。おばちゃんは「ご飯をあげてくれてるのね、ありがとう」と言ったのだそうです。カップルは振り向くことなく無言。いつの間にはカップルは姿を消し、その直後から毒入りフードらしきものを食べた猫の異常に気付いたのです。結果は上記のとおり、毒物に間違いありません。
約一週間後、再びそのカップルが姿を見せ、また猫に何かを与えようとしていたところがおばちゃんの目に入ったのです。
すかさず「猫にご飯をあげないで」と叫んだのです。2人は無表情のまま立ち去ったそうです。おばちゃんは直に怪しい物を与えている場面を見ていないので事件のことは2人に対しては言えなかったのだと言います。
しかし、おばちゃんとしては確信があったのでその2人が歩いて立ち去る行方を見ていたのです。カップルは少し離れた場所にある橋を渡り対岸に渡ったところまで目で追っています。
当時その橋の渡り詰めの所には10匹余りの猫がいました。20代のカップルはそこでも猫に毒物を仕込んだようです。7~8匹の猫が犠牲になったのです。
レンマのおばちゃんがそのことを知ったのは事件が起きてしばらく経ってからの事でしたが、日にちを逆算するとピタリと当てはまるのです。男は背が高く、耳にピアスをしていたようですが、それっきり犯人は不明のままです。
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写真の説明 (修正部分が多くて、ごめんなさい)
レンマ・他の面倒を見ておられたおぃちゃんとおばちゃんは河川敷に住まわれていましたがホームレスの方ではありません。
おぃちゃんは身勝手な飼い主の犬に負わされたレンマの傷の手当てをしています。2014年2月に逝去されました。
おばちゃんはいつもまめに猫のお世話をされていました。膝の上に子猫を乗せて耳のダニ掃除をしています。2013年1月にお亡くなりになりました。
在りし日のレンマ-2004年撮影
レンマの母猫ミケ、現存。
※レンマは実はシロという名前がありましたが、レンマの事をよく知っている方々は百戦錬磨からその名を呼んでいました。レンマについては徹夜で書いても事足りないのくらいの武勇伝がありますので、またの機会にしたいと思います。
I.M. 2016.03.25(金) 08:15 修正
そうでしたか、レンマの命日。
レンマやフウマ、アカ、サツキ、ハンペラ一族などなど。
小西さんから教えていただいた猫たちの中でも、遺棄された上に人の手により命を奪われるという、二度の恐怖を味わった猫たち。
日常に流され、ついつい記憶の片隅に追いやられがちな命たちのことを、今一度しっかりと胸に刻み不幸の連鎖が断ち切れるよう、お祈りいたします。