「有難う・・・」担架に乗せられたおじさんが最後に私の目を見て言いました。「おじさん、元気になって戻ってきてね」と運ばれていくおじさんの体に手を当てて見送りました。
3月2日、一日早い「ひな祭り」で散らし寿司を作りました。もしかしたらおじさんが食べてくれるかもと、最後になるかもしれない食事を心をこめて作って行きました。「おじさん、大丈夫?」「いや、もうだめだ・・・体が動かないよ」「おじさん、散らし寿司食べれる?」「いや、もう無理、食べれないよ・・・」「おじさん、救急車呼ぼうか」「うん、呼んでくれる? すまんね・・・」
16時28分、救急車を呼びました。
追い詰められる命(1) でお知らせしましたYさん、12月から体調が悪くなり、3ヶ月間、毎日食べ物を運んでお世話していました。カセットコンロを使用するのは苦手で最後までダンボールを集めて火を熾して煮炊きしていた人です。しかし、体がおかしくなり、起きれない日々が続きました。火を使わなくても食べれるよう、炊いたご飯やサラダ、煮物やおかず、パン、牛乳やヨーグルト、果物、体に良い納豆や卵、豆腐類、おじさんの好きなお菓子など毎日色々と考え、準備して食べ物を持参していました。「おじさん、どう? 大丈夫?」「あんたのお蔭で生きているよ」とおじさんは嬉しそうにしていました。おじさんは本当に孤独な人なので誰も助けてくれる人はいません。寝たきりで小屋から出れなくなれば「飯拾い」で食いつないできたYさんにとって、まったく食べる物が無くなります。そうなれば餓死してしまいます。それが分かっているから放っておく事はできないのです。
それが原因で餓死して発見される人もいるのです。
1月20日あたりから、少しずつ体調が良くなってきたYさんは
「あんたのお蔭で元気になってきたよ」と笑って話をする時もありました。そして久しぶりに火を熾してました。昔からいつも煙が上がってたので、おじさんが火を熾している姿を見ると嬉しくなりました。お湯が沸かせるので、ポタージュや味噌汁、レトルトのカレーやご飯、カップ麺、なんでも食べれます。おじさんは本当に嬉しそうでした。
その後、何度か気を失って倒れた時もあって、血を吐いたり、救急車を呼ぼうと思う時はありましたが、おじさんは救急車を呼ぶのを拒み続けました。
おじさんの気持ちを尊重する、お付き合いをしている限り、とにかく気持ちを分かってあげる事が大事だと思っている私は、決しておじさんの気持ちに反するような事はしませんでした。「おじさんが呼んで欲しいと思う時はいつでも呼ぶから言って下さい」というと「有難う。いつも心配かけて悪いね」と言ってました。おじさんが救急車を拒む理由はもう一つ、
もうここに二度と戻って来れないだろう・・・と思っているからなのです。
おじさん達は自分の立場をよく分かっています。冷たい社会、今の日本という国を充分に分かっているからこそ、助けを求める権利を失い、ぎりぎりまで我慢して生きています。死ぬ寸前まで助けを求められない、求め難い社会・・・こんな社会は間違っています。命の差別などあっていい筈がありません。どんな命も生れてきた以上、同じ命、生きる権利があるのです。私は人も動物も命を等しく同じ価値観で尊重されなければ、決して良い国、良い世の中にはならないと思っています。
おじさんの足は骨が浮いて、私の腕位の細さになってしまってました。顔の肉も殆どおちて、小さくなってしまいました。
おじさんが救急車に運ばれていくお別れの時、そこに私は呆然としたまま、おじさんが見えなくなるまで立ち尽くしていました。
皆様からはいつもホームレスさん達に対しても温かいお気持ちとご支援を頂いております。どれだけホームレスさん達も助けられているかわかりません。皆様の優しい心のこもったご支援にいつも心から感謝の気持ちでいっぱいです。Yさんもお礼を言っておられました。本当に有難うございます。
私も毎日の猫達のお世話とホームレスさんのご支援をしておりますので、忙しく動いておりますが、こうしてご支援ができます事は
常に皆様のお蔭だと心から感謝しております。
Yさんがまた元気になられる事を、奇跡が起こってくれる事を願っています。
いつも見守ってくださり、皆様本当に有難うございます。
小西美智子


ジュジュママ 2010.03.04(木) 07:36 修正
美智子さん、ほんとうにありがとうございます。そして、ご苦労様です。
Yさんのご回復を心よりお祈り申し上げます。