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猛暑に耐えて

2010.09.04

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 一日も休まる事のない厳しい暑さの連続で、人も動物たちも大変辛い日々を送っております。今まで味わった事がない辛さがあります。
 毎日のお世話のために自転車に積む大荷物は20㎏を越えます。
2ℓペットボトルに猫達の水を入れ、熱中症対策のペットスエット1本、ペット用ミルク3箱、おじさん達用にも飲み物3本を持参して、水分だけでも5㎏になります。私達が面倒を見ている猫達のドライフード2.5㎏、缶詰3㎏、スープ入りパウチも2㎏を使用し、
その他にホームレスさん達の猫達への寄付のドライフードや缶詰そしておじさん達への食べ物や日用品等も含め、病気の治療に使用する薬や常備品等で、冬よりも夏の方が荷物も大変です。

 七月から2ヶ月以上続く猛暑によって、毎日の猫達の体調を観察しながら手当てを施しておりますが、高齢のホタル(15歳)も二度体調を崩しました。8月29日は待ってる筈のホタルの姿がなく探しました。熱中症の症状が出て繁みでぐったりしてました。すぐに応急処置で冷たいタオルを当ててペットスエットを注射器でゆっくりと口に入れ安静にしました。次の日もまだ足元がしっかりしませんでした。ペットスエットを飲ませスープ状の餌を少し食べる程度でした。3日目、ホタルから近寄って来て餌を欲しがりました。熱中症から立ち直ってくれました。
ホタルは97年にテレビが入る位の大きな箱に4匹の兄弟で詰め込まれて捨てられてました。兄弟の中でホタルが生き残ってる最後の猫でして、過去二度の虐待に遭い死に掛けた時もあり、現在右目失明してますが、今でもテリトリーのボスとして老体に鞭打って威厳を保って他の猫達に大変信頼され慕われています。

 チャッコ(12歳)も年老いて歯周病の進行により歯が小さく溶けて真っ黒になってますので、だんだんと歯茎の痛みや口内炎も出て食べれなくなっておりますが、痛がる時はコロイダルシルバーをスープに混ぜて食べさせ、少し症状が持ち直すと一生懸命また頑張って食べてくれています。
チャッコは99年に生後2ヶ月位で兄弟3匹で捨てられました。この年は次々とたくさんの子猫が捨てられた時期でした。チャッコが捨てられる前に残酷な虐待事件が多々ありました。2日間に渡って子猫が3匹、4匹と池に投げ込まれ・・・小さなボールに見えた3つの体はプカプカと水面に浮かんでいました。思い出すのも辛い、身も凍る事件でした。チャッコはその年を運良く生き抜いてくれた猫です。一生懸命生きてきたチャッコですが、体は痩せ細って子猫の様に小さくなってしまいました。最後の最後まで毎日チャッコを見守っていきます。

 ジッポも8歳で捨てられ今年で11歳という高齢の猫ですが、体調はやはり歯が悪いです。洋猫で長毛なのでお腹に大きく絡まった毛玉ができやすくのでハサミで切ったり、ブラッシングは欠かさずしてます。ジッポも暑さ続きで遂に熱中症に罹ってしまい、いつもであればすっと近寄って来るのに、横たわったまま目を薄っすら開けていました。すぐにペットスエットを注射器でゆっくり1㍉間隔で入れていきました。ゆっくり入れる事で少しずつ量を飲んでいきました。元気であればこの様に大人しく飲んではくれません。体が思うように動かないため飲んでくれるのです。 ジッポは暫くして起き上がり、モンプチが好きなので11歳用のとろみ缶を与えると少し食べました。3日目には立ち直ってくれました。

 白ちんも痩せて長く体調を崩していました。でもペットスエット入りのミルクを毎日飲んで、a/d缶やデビフの介護食でささみペーストが大好きなので2缶食べてますが、熱中症も良くなり体重を維持しながら毎日頑張ってくれてます。

 毎日暑いので、猫も毎日体調が変化します。そしていつ急変するかもしれないので一日一日猫の様子を観察しています。
今年は本当にどの猫も油断できません。

 そして、ホームレスさん達も随分疲れが出ています。顔色が悪くぼーっとしている時は準備した飲み物をすぐにお渡ししました。
今年はこの暑さで痩せてしまった人が多いです。
 猫と暮らしているホームレスさん達も皆さん若くないですから、私も心配で見回りながらお声かけしてます。ダイコのチビさんは体重が39㎏に減ってしまい、Sさんも同じガリガリに痩せて足は腕の細さです。タロウのTさんも夏風邪を引いてました。少しでも力になれればと支援金、支援物資をお渡ししています。
 ただ、皆さんこの暑さの中、気温が下がらないためにあまり火を使いたがりません。飲み物や果物、おにぎり、パン、カップ麺など差し上げております。汗まみれになってもお風呂に入れないので、着替えの下着、Tシャツやバスタオルを差し上げたりすると大変喜ばれました。インスタントのポカリスエットも配りました。

 毎日色々とありますので次の日の準備も色々とあります。
私も体調は決して良くありません。でもそれは皆さん同じですから、あともう少しの辛抱・・・とおじさん達と励まし合いながら
一緒に頑張ってます。おじさんも私の体の心配をして下さるので
本当に助け合いの気持ちですね!!
 
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 今年は異常な猛暑が続くため毎日のお世話に気が抜けません。
お知らせしたい報告がたくさんありますが、遅れてすみません。
里親募集の子猫達も2度目のワクチン接種が済みました。
そして、アイヨも体調を考慮しておりましたが・・・
今回やっと無事に不妊手術が済みましたので、追ってご報告致します。そして、府中のKiさんの猫達のご報告も致します。

 皆様からのご支援に心から感謝の気持ちでいっぱいです。

 皆様の温かいお気持ちにより、人や動物達が助けられ見守られて
いる事が本当に有り難く、感謝でいっぱいになります。
 皆様のお気持ちを励みに、なんとか、この夏を皆が無事に乗り切るために私達も日々頑張っております。
 
 皆様、いつも本当に有難うございます。

 小西美智子

 

探して、探して22日目に・・・

2010.08.10

 7月20日に捨てられていた猫の消息がいつも気になりながら日々猫達のお世話をしておりました。皆様にもご心配おかけしましたが・・・・
 捨てられてから22日目の今日、夜7時2分、やっと待ちに待ってた猫の姿を見ることができました。
 どこかで生きている、きっと捨てられたこの場所のどこかにいる筈・・・と、ただそれだけを信じて願っていました。最初に会った時に私から食べ物を貰った猫ですから、猫はきっとこの場所から離れないでいてくれるだろうと思っていました。ここのテリトリーの猫達の置き餌を多めに置いてました。

 私は仕事が休みの日は夜遅くまで多摩川の猫達のお世話をしています。今日(10日)もホームレスさん達の支援に回ったり、猫達のお世話で4時間が過ぎていた頃、捨てられてた猫の場所でいつものように探していました。7時を過ぎると河川敷は暗いですが、
人が殆どいなくなり静かになりますので、警戒心でいっぱいの捨てられた成猫が姿を現してもおかしくありません。そして今日、
いつも置いてた餌の所に低い姿勢で忍び寄ってくる猫を見ました。
 あの日見た猫でした!!・・・良かった、生きててくれた。

 会えた事で胸の痞えがスーッと取れました。この猫の姿が頭から離れず、気になって仕方なかった猫・・・やっと会えました。
16日の子猫、20日の成猫、どちらもこうして生きている無事な命を確認できた事に本当に心から感謝しました。
成猫は私が毎日置いてた置き餌を暗くなってから出てきて食べてくれていたのでしょう。お蔭で体も痩せていなくて落ち着いて食べてくれました。ここに居ると分かりましたので、明日からこの猫がもっと精神的に安心できる様に工夫してお世話をしていきたいと思います。

 今日はOtさんの足元にスリスリしながら甘えるニコちゃんとも会いました。ニコちゃんもすっかりOtさんを飼い主と思っていて、元気に暮らしています。Otさんもそんなニコちゃんが可愛くて、しっかり見守ってくれてます。ニコちゃんもまだ子猫で食べ盛りなので、美味しいパウチを寄付しています。

 日々猛暑続きで熱中症にかかりそうな猫達にスープ状のパウチやミルクを与えておりますが、IMさんのアドバイスで糖分の少ないDAKARA(ダカラ)のバランス飲料水を届けて下さり与えています。
お蔭でトッチ、白ちん、ランちゃん、アヤメちゃん、イワちゃん、シャガール、デブちゃん、ダイ、みんな、症状が軽くなり、食欲も凄くて元気に頑張ってくれてます。ダカラは独特の味なので、直接飲む事はしませんが、注射器で口に入れたり、ミルクと半々に入れて飲ませたり、水に少量混ぜたりして与えてます。
 人も猫も今年の夏は本当に厳しく辛い日々ですね。
 
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 仕事中の事故で指を切断してしまったKdさんですが、
只今、入院しています。実は糖尿病がかなり悪いようです。
入院されてますので、少しでも治療によって健康状態が良くなりますようにと祈っております。Kdさんの犬達のお世話は隣の犬のサクラを飼ってるおじさんが責任持ってお世話されてます。
私も見守ってご支援しています。食べ物や飲み物、下着、バスタオル、蚊取り線香などもお渡ししました。とても喜んで感謝して下さっています。

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 毎年、8月になると沈痛の思いでいっぱいになります。
愚かな戦争により、無念にも犠牲になった数知れない多くの命が あります。広島長崎の原爆投下の想像絶する残酷な悲劇は、毎年、この時期に報道され、同じ繰り返しをしないように人間に警告します。
 かなりの高齢の生き証人である人達が必死に勇気を振り絞って、
残り少ない人生を懸けて、命がけで次世代に訴えています。
犠牲者、被害者は皆弱い立場で苦しんでいます。
 
 全ては人間の教育にあると思います。

 周りを思いやる気持ち、同じ命ある犬や猫、命の尊厳、命が無駄に犠牲になってはならない事、命より大切なものは無いと気づく、一番大事な教育として若い世代に語り継ぎ、受け継いでいって欲しいです。
 そのためには、今ある自分の生涯を通して勇気を最大限に出して、正しいと思う事に向かって一歩ずつ、少しずつ、心を動かし、行動していく事が大事だと思います。
  
 そして私も試練が多くとも、命を大切にするという気持ちを忘れず、今の頼りない政治や命に対して冷たい常識を持った人達の考え方に対して怯まず、少しでも苦しい立場の人や遺棄される動物達のために良き理解者になり力になれればと思っています。

 これからも皆様と一緒に大切な命について考え、一緒に努力して頑張っていけたらと心から願っています。
最後に生意気な事を書いてしまいましたが、お許し下さい。

 皆様からのご支援に感謝の気持ちでいっぱいです。
 いつも見守って下さり、本当に有難うございます。

 小西美智子

  
 

Otさんに助けられた子猫・・・・・再会の喜び

2010.07.31

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 7月16日に捨てられた子猫や20日に捨てられた成猫の身を案じながら毎日のお世話をしておりました。(7月23日のブログ)

10日を過ぎ・・・もう会えないのか・・・と気落ちしながらも諦めきれず、捨てられていた場所にいつも足を止めて探しておりました。猫は捨てられると、捨てられた場所から暫く離れません。
それは知らない場所に対する恐怖もありますが、飼い主を待っているからでもあります。しかし、待てど飼い主は現れず・・・お腹は空き、飢えが続けば、子猫であっても生きるために移動していきます。翌日17日、18日、と日が経つにつれて子猫の安否は深刻になっていきました。ホームレスさんにも声かけしていましたが、見たと言う人はいませんでした。

 一人、私がどうしても尋ねたい人がいました。現場から近い小屋にいるOtさんです。ホワンを可愛がって飼ってくれているホームレスさんです。Otさんは夜から仕事に出かけ朝帰って来る人なので、夕方まで寝ておられます。寝ているのを起こすのは気が引けますので、私も遠慮してました。でも、今日(26日)はなんとしてでも聞きたい衝動にかられ、もしかして子猫を見たり、何か子猫の情報が得られるかもと思い、Otさんの小屋に向かって大きな声で名前を呼びました。二重の小屋になってるため、声が聞こえない時があります。15分か20分した時、何度も呼ぶ私の声が聞こえたようで、やっと出てきてくれました。

 捨てられた子猫の事を聞いた途端、Otさんが小屋にまた戻ってしまいました。エッ???と思ったら・・・なんと子猫を抱きかかえて出てきてくれたのです!! 「あーーー、この子です!!」と私は感極まって声が震えました。 「見た事ない小さいのがウロウロしてて、すぐは近寄って来なかったので、離れて餌を置いてあげてたんだよ。でももう今は小屋で食べさせてるよ。」
 私はOtさんにじっと抱かれて甘える子猫を見て、Otさんに何度も有難うございますとお礼を言いました。10日目にこうして子猫と再会できた事に感謝しました。捨てらてから毎日夜暗くなって出てくる子猫にOtさんが餌をあげてくれてたのです。お蔭で子猫の命は救われたのです。

 Otさんはホームレスになる前は家庭があって犬も猫も飼ってた事があるそうです。Otさんは大事な一人息子さんがいたのですが、息子さんは十代の若さで突然不治の病にかかり、必死の看病の甲斐無く亡くなられたそうです。私は以前からOtさんの身の上話を聞いています。
大変なご苦労をされての今なのですが、人一倍真面目で一生懸命働く人です。そして同じ困ってる人や動物を見ると何も言わず黙って助けようとする人です。だから・・・子猫も助けてくれたのです。

 16日に私が捨てられてる子猫を発見した時、その日はお昼から府中に出かけてKiさんの猫達の支援や捕獲作業に行ってましたので、電車で帰宅してから再び、待っている多摩川の猫達のお世話に出かけ、いつもよりかなり遅い時間になっていました。暗くなってましたので、子猫を見た時は体がグレー色で足が白いソックスを履いたような柄位しか良く見えませんでした。とにかく飢えてる様なので食べさせる事しかその日はできなかったのです。
 26日に再会して、左目が完全に失明している事が分かりました。最初から失明して捨てられてるので手の施しようがありませんが、健康状態は良好で、良く食べて元気。生後5ヶ月位の♂です。

 何はともあれ、生きてくれていた事に感謝でいっぱいです。
 Otさんはこの子猫に名前を付けていました。ニコちゃんです。
 これからもずっとホワンとニコを見守っていきます。
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 Otさんが最初に子猫を見た時、なんとか助けるために餌をあげていたら、通りがかりの60代のオヤジに「なに猫に餌やってんだー!!」と大声で怒鳴られたそうです。餌をやるなと言うオヤジに
Otさんは毅然として言ったそうです。「あんた、矢が刺さってる鴨とか動物見てどう思う?」、するとオヤジは「そりゃ可哀想だ」と言ったそうです。
Otさんは「鳥でも猫でも動物はみんな一緒なんだよ。捨てられた猫も可哀想でしょ」と言ったそうです。 オヤジの声が大きかったので、近くで釣りをしている人達も来てOtさんの味方して応援してくれたそうです。オヤジは何も言えなくなり去って行ったそうです。

 猫に餌をやるな!! と言う人間がどこにでもいます。
 私もそんな人間に何度も会っています。

 でも、猫に餌をあげてはいけないという理由を
 明確に言える人は今までいません。
 私が納得できた事は一度もないからです。

 それは猫が人間と同じ、
 生きている尊い命に変わりないからです。

 どんな理由を並べて言っても、
 何も罪も無い猫が、食べ物が無く、食べ物を与えられず、
 飢えて死んでいって良い訳がありません。

 人間はいつから、動物ではなくなったのか・・・
 人間が動物を差別したがる理由は一体、どこから
 生れて来たのか。
 人間にとって都合の良い動物と都合が悪い動物・・・

 人間はどこまで罪深き生き物になれるのでしょうか。
 
 生きている物全てに、相手を思いやる気持ちを持てるように
 いつからなれるのでしょうか

 人間社会で犠牲になる弱い立場に置かれた人や動物の命を助ける ためには、時に忍耐と勇気が必要になります。

 小さな命が少しでも助かるためであれば、
 尊い命のために、勇気を出して頑張りたいです。

 小西美智子
 

猛烈な暑さが続き・・・

2010.07.23

 暫くブログが書けず、申し訳ありません。

 今年の夏は今までになく猛烈な暑さが続いてるために熱中症にかかる猫もいます。それでも苛酷な場所に居るしかない猫達にとっては本当に辛い日々を送っています。
冬よりも夏に命を落とす猫が多いので、油断できません。そして
 猫は突然体調を崩します。自分でどうする事もできないそんな猫達を毎日巡回しながら、体の状態を日々観察してお世話しております。
 前日から冷蔵庫で冷やしたペット用の牛乳をペットボトルに入れて持参しています。呼吸が荒くなり口を開けてる猫がいれば、真っ先に冷たいミルクを差し出すと夢中で飲んでます。保冷剤に水を湿らせたタオルを巻いてビニールに入れて持参してます。熱中症にかかってる猫の背中から頭、冷たいタオルでさっと拭きます。そうすると開いてた口が少し閉じて、心臓が落ち着いてきます。熱中症で命を落とす猫もいますので、本当に気が抜けません。
 夏場は暑さで食欲が落ちやすいので、食べなくなると痩せ細り脱水症状を起こして熱中症になる事が多いので、食べ物に気を遣います。

 今は皮膚病に罹る猫も多く毛がはげたり、喧嘩で傷を負ったり、その治療もしています。夏場は湿気も多いので化膿したり悪化しやすいため早めの治療をしています。

 7月16日に子猫が捨てられました。そして、20日にも若い成猫が捨てられました。どっちも発見した日は飢えていて腹いっぱい餌を食べさせる事ができましたが、その日以来、2匹には会えません。
捨てられた猫達をなんとか見守って行きたいと願っていても、必ずしも願いが叶うとは限りません。精神的にパニックになっているために無理もありません。今も諦めずに毎日探しています。

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 皆様にお知らせしたい事がたくさんありますが、日々のお世話に追われてまして、心身共に余裕がありません。
 でも、これから少しずつ、頑張ってお知らせしていきます。

そんな状況の中で・・・一週間入院していた2匹の子猫が今日退院しました。
 生後3ヶ月に近い子猫ですが、一匹は両目失明しています。もう一匹は片目失明していたのですが、なんとか両目が見えるまでになっています。2匹とも栄養失調に近い体で、脱水と熱中症に罹ってましたので保護した日に病院に直行しました。
 すぐに応急処置で2匹に点滴を行い、一命を取り留めました。
子猫の体は小さいために大人よりはるかに熱中症に罹りやすいので命を落とす事もあります。

 できれば、この2匹の子猫達を河川敷の元の場所に戻さないですめば、どれだけ有り難いか・・・と切に思っています。
祈る気持ちで里親募集をしたいと思っております。
目が不自由というハンデはありますが、猫として生き抜く生活力は持っております。

 皆様、どうぞ見守って、応援宜しくお願い致します。

 あまりの暑さで、正直、熱中症になりはしないかと、自分自身も 辛い日々です。なんとか自己管理をしながら頑張っております。
ホームレスさん達の体調も伺いながら、ご支援しながら見守って おります。

 ★ 仕事中に指を切断してしまったKdさんの事が心配でお見舞金をお渡しながら食べ物もお渡ししています。通院して指の傷口は殆ど治ってますが、指の先端部分は赤く、まだ痛みが続いてます。お蔭様で、労災保険が降りて、休業手当も僅かですが、貰える様になってますのでご安心下さい。と言っても・・・現状の生活は厳しい事に変わりありません。

 いつも皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
 本当に有難うございます。

 暑さが続きますので、皆様もお体に気をつけて下さい。

 小西美智子

マりちゃん、どうぞ安らかに・・・・最後までの責任(2)

2010.06.23

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 長くなりますが、皆様にお伝えする責任を感じ、睡眠時間を割いて書いております。

 ケンちゃんは本当にガリガリに痩せた体でした。河川敷で生きる猫達で14~5歳ともなれば、本当に奇跡に近い位に一生懸命頑張っています。少しでも栄養をつけて長生きして欲しいと願いながら、お世話をしておりました。ケンちやんもマリちゃんもa/d缶が好きでしたが、なんでも食べてくれてました。
 ケンちゃんは去年の暮れに行方が分からなくなりました。
いつ体調が急変して亡くなってもおかしくありませんでしたので、毎日探しましたが・・・ケンちゃんの姿を見る事はできませんでした。残念でなりません。 

 Tさんが急死してから、約一ヵ月後、Mさんも後を追う様に突然亡くなられました。
 Mさんは前に一度だけ、Tさんが「いつもエサを寄付して下さってるんだよ」と寝てたMさんに私を紹介するように指差して、すると顔を少し上げてMさんは私に「どうも有難うございます」と言って下さった事があります。その声を今も思い出します。

 お二人が亡くなられ、辛い思いでいっぱいになりました。
残された、たった一匹のマリちゃんが途方に暮れないため、Tさんが亡くなった後に次の飼い主さんになってお世話してくれるホームレスさんにお願いしてました。

 マリちゃんがいたすぐ近くのホームレスさんでダイちゃんを飼っているKuさんです。嫌な顔もせずに全てを受け入れて下さいました。「放っておけないから・・・可哀想だから・・・」と
猫が大好きなKuさんはマリちゃんを優しく見守って下さいました。
私もKuさんとはお付き合いがとても長く、今までKuさんの猫達のお世話をしてきました。
 Kuさんは猫のお世話がとても行き届く人です。お世話が苦にならない人で女性のように細やかです。マリちゃんはすぐにKuさんの愛情を感じて、Kuさんの小屋に入ってKuさんのベッドの上でくつろいでました。マリちゃんの老後を看て下さるKuさんに心から感謝してKuさんにフードや支援金をお渡ししながらマリちゃんの支援をしました。
 マリちゃんもガリガリに痩せてましたので、いつ何が起きても不思議ないのでした。行く度にマリちゃんの姿を見てホッとするという繰り返しでした。
 マリちゃんはお漏らしも始まっていましたので、バスタオル、
ペットシート、ウェットティッシュそしてKuさんのベッドの布団も汚すのでシーツもたくさん差し上げました。
どんなに汚されようともKuさんは一回も愚痴をこぼしません。本当に素晴らしい人です。汚しても、世話がかかっても一度も怒られないマリちゃんは幸せそうでした。
それはマリちゃんの穏やかな表情に出ていました。
 マリちゃんは時々下痢もして、腸の消化器官も弱ってきていました。マリちゃんを心配して下さったI.Mさんがデルクリアという薬を送って下さり、飲ませると便の状態が落ち着きました。

 しかし、下痢しない時のマリちゃんのウンチは食べた物が完全に消化されずにそのままで出てくる事が多く、ウンチに成りきらず食べ物の色と匂いがそのまま残っていました。
 なので、マリちゃんがウンチをすると上からカラスが狙っていて、マリちゃんのウンチを咥えて食べてしまうのです。

 マリちゃんの生きようとする前向きな気持ちは本当に見ていて
心打たれました。Tさんが飼っている時はドライフードを食べれなかったのですが、Kuさんの所に来てからは高齢用(11歳以上)のドライフードも美味しそうに食べるようになりました。痩せた体に少しでも栄養をと思い、ミルクに高栄養サポートを混ぜたりして与えたりしました。
 マリちゃんは最後の最後まで生きる気力を持ち続け、辛そうな時も諦めずに食べようとしていました。
 
 6月17日(木)、この日はマリちゃんは一口も食べれなくなり、20時45分、マリちゃんは静かに息を引き取りました。
Kuさんのお蔭でマリちゃんは安らかに眠るように亡くなったのです。

 これで、一つの家族の歴史が閉じました。
河川敷で生きてきた二人の男性と2匹達の尊い命が天に召されて行きました。しっかりと記憶の中に大切にしまい、これからも忘れ去られないために語り継いでいきます。

 Kuさんによってマリちゃんのお墓が作られました。
 Kuさん、本当に有難うございました。

 皆様、いつも見守って下さり、心から感謝致します。
 良い事も辛い事も、現実に起きている事を皆様に知って頂く事に 大きな意味があると思っています。

 いつもご支援して頂き本当に有難うございます。

 小西美智子 ※写真は私が撮ったものです
 

 

マリちゃん、どうぞ安らかに・・・・最後までの責任(1)

2010.06.23

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 私にとって最後までの責任とは、そこで生きるしかない運命の猫達を日々見守り、一生懸命に生きる尊い命が最後を迎える日まで、できる限りのお世話をさせて頂く事を意味します。

 3月に亡くなられたTさんはアル中のMさんという人を看病しながら狭いテント暮らしをされていました。
そこには三毛猫のマリちゃんと茶トラのケンちゃんが飼われていました。

 私がマリちゃんやケンちゃんのためにエサの寄付などを始めたきっかけは2007年の台風9号の後からです。
 そのずっと前からこの2匹の存在が気になりながらも、実はTさん達とお付き合いはできませんでした。周りの知り合いのホームレスさん達から「あそこは危ないから行かない方がいいよ」と止められていたからです。
 アル中のMさんは時々、酒で幻覚が出ると暴れて周りに迷惑をかけていました。被害妄想もあったり、大声をあげるのです。
 なので、周囲の人は私の身を案じて、何かあると心配だから近寄らないように注意してくれるのです。私も忠告を受け入れるしかありませんでした。たまに表にマリちゃんが出てきて佇んでいる時に
隠れてそっと美味しいエサを置いてあげる程度でした。

 しかし、2007年の台風で人も猫も皆が生きるか死ぬかの地獄を味わった時・・・私はもう迷う事無くTさんにも声をかけて支援物資を渡し、猫達の支援も始めていました。

 やっとこれでマリちゃんとケンちゃんのために今後、何かあれば、少しでも役に立てると思うと本当に嬉しくて胸の痞えが取れました。Tさんは穏やかで優しい人で話ができました。
Tさんは私が来ると、Mさんが寝ている時に応対してくれました。
 私は二人の食べ物をお渡ししたり、マリちゃんとケンちゃんに美味しいフードをたくさん寄付しました。
 お付き合いができるようになってから、Tさんから少しずつお話して下さるようになりました。

 Tさんは多摩川の河川敷に来てから10年は経ちます。その前は違う場所に約10年、ホームレスになられて20年は経っていました。
驚いた事は、20年前からマリちゃんを飼っていたのです。
 Tさんの話だと、マリちゃんは約20歳・・・ケンちゃんも14~5歳だと言ってました。本当にビックリしました。
 でも、言われてみればマリちゃんもケンちゃんも若くは無いというのは一目で見て分かっていました。そして老猫特有の病気が進行しているのも分かっていました。なので、老猫に合ったフードをお渡ししていました。どれだけ頑張って生きてくれるか、私も見守っていく決意をしていました。

 Tさん達は以前はもっと多くの猫達がいたのですが、相次ぐ虐待や嫌がらせ、そして棒の様な物で殴り殺されたりして、結局マリちゃんとケンちゃんだけになってしまいました。
私もこの近くで起きた二件の事件は記憶にあります。

 そういう事もあったために、人間不信のMさんは酒を飲むと猫がやられた時の怒りが込み上げて時々錯乱状態になってしまうのでした。
ホームレスさん達は何をされても言い返せない弱い立場にいます。
猫達が虐待に遭っても・・・悔しさを我慢しているのです。

 ホームレスさん達の口癖ですが、
「俺達には何も言う権利が無いから・・・」
私は何度この言葉を耳にしたか・・・そんな時
「そんな事はありません。正しいと思う事は誰でも、どんな人であろうとも言う権利はあります。」 
と私はおじさん達を励ましながらも・・・悲しく、やるせない気持ちになりました。

タッちゃんという猫

2010.03.28

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 忙しさに追われ、なかなかご紹介できなかった猫がいます。
今日はそんな一匹の猫についてお話させて下さい。

 その猫と出会ったのは去年の7月11日。いつものように自転車で多摩川に向かう途中、一軒の民家の中にある白い車が見えました。その白い車のバンパーの上に黒い物があって、私はてっきり車を拭くモップか雑巾の様に見えました。通り過ぎようとした瞬間に目を奪われました。あれは猫ではないか・・・そう思った瞬間、引き返しました。生きているのか・・・傍に寄って猫の状態を見ました。もうぐったりとしていて、かすかに呼吸をしているのがわかりました。体は骨と皮でお腹の肉もへこみ、何日も何も食べていない状態が続いている病気の猫だと分かりました。私が体を触ろうとしてるのに黒い猫はまったく目を開けませんでした。脱水と貧血を起こしていて動く気力も無いのです。細くなった腕をそっと持ちました。猫はされるがまま腕はだらりと垂れ力が入りません。腕を握って猫に話しかけました。「大丈夫かい? 生きれるかい? まだ頑張れるかい? 」すると薄目を開けました。その目はうつろで私を見ようともしません。遠くを見ていました。風邪の症状も無く、顔はきれいでした。とにかく美味しい缶詰を開けて鼻に持っていって匂いを嗅がせて見ましたが、何も反応してくれませんでした。
 その日は薬箱に持参していたプロポリスがあったのでミルクに溶かしてスポイドで少しずつ口に垂らしながら入れました。明日会えたら私にできる限りの事をして一緒に頑張っていこうと思いました。

 多摩川に限らず、どこでも外猫達は誰かに餌を貰いながら必死に生きています。人がお世話している猫にむやみに私は手出しをしませんが、瀕死の猫については見過ごす事はできません。

 奇跡というのは本当に起きる事があります。。。。
黒猫はふらふらで起き上がるのもやっとという感じでしたが、二日目にミルクを与えた時、少しだけペロペロと舐めてくれました。口の中がかなり悪い状態かもしれないと思い、コロイダルシルバーを飲ませました。そしてa/d缶を少し口に入れてみました。ほんの少し舐めてくれました。奇跡は3日目に起きました。黒猫はミルクを飲み始めました。a/d缶にもミルクをたっぷりかけて流動食にしてみました。すると、ゆっくりゆっくり舐めるようにして自分から流動食を食べ始めました。感動と同時に嬉しさで涙が出そうになりました。まだしっかり立てない体を支え「立って、頑張るんだよ。大丈夫、私がついてるから」と祈りながら何度も言いました。そして、4日目、ガリガリに痩せた黒猫は立っていました。そして薄目が少し大きく開いて、生きる気力が出てきたのを確かに感じました。そしてだんだん黒猫は食べる量も少しずつ増えて、口の動きもしっかりしてきました。a/d缶にペット用のミルクをかけて流動食にして食べさせるというワンパターンの毎日が続きました。しかし、これが良い方向に行っている事は猫を見ていて手に取るように分かりました。黒猫はa/d缶を毎日食べ、ミルクをがぶ飲みする日が続きました。本当にみるみる体力がつき、やっと立って歩けるようになりました。よく頑張ってここまで立ち直ってくれたと感謝しました。  
 この猫をタッちゃんと呼んでいます。元気になって欲しい、立って欲しいと願う気持ちで一心だったので・・・立ってくれた時、思わず「タッちゃん!!」と呼んでいました。タッちゃんは女の子です。
 
とにかく、病気を治すため、乗り越えれる為にも体重が少しでも増えて体力がつく事だけを考えていました。食べれるようになれば体力は必ずついてきます。

 機会があればこの家の人からタッちゃんの事を聞いてみようと思っていましたが、いつも留守で会えずにいました。その後に奥さんと会えてお話が聞けました。奥さんは「あなたがクロちゃんのお世話をしてくれたのですか。有難うございます。何も食べれなくなって動けなくなってたので・・・帰ってきたらもう死んでるだろうなと思ってたんです・・・そしたら元気になってたのでびっくりしたんですよ。」と言いました。
 タッちゃんは5年前位に捨てられていて、この家の庭に居ついてしまったらしい。餌をくれるおばさんもいたらしいが、食べなくなってきたので諦めたらしいのです。
 もう私は覚悟を決めてましたので、奥さんに「この猫のお世話を最後まで私にさせて下さい。最後まで責任を持ってお世話しますのでお願いします」というと、喜んで承諾してくれました。
 タッちゃんに暖かい小屋を作って、毎日お世話してました。
タッちゃんは私が来る時間には待っていて、私の自転車の音を聞き分けて小走りで出迎えてくれるようになりました。
食欲が出て凄い食べるようになったので動きも機敏になってました。8月は良く食べ体調が良かったです。ただいずれ病院に連れて行かなければと思っていました。
 そして、10月に入って、食欲がある時と時々あまり食べれない時が交互に続いていました。 私も日々多摩川のお世話で忙しく動いておりましたが、11月2日、多摩川のお世話を終えて自宅に戻り、キャリーバッグをとってタッちゃんの所へ行き、タッちゃんを病院へ連れて行きました。タッちゃんの健康状態を全て検査するための血液検査をしました。内臓関係は問題ありませんでした。
エイズ・白血病も陰性です。
 問題は口の中で、手術をする事になりました。
重度の口内炎を治療しながら、そしてそれ以上に、食べれない理由は歯にありました。歯が悪いというより、原因が良く分からないのですが、ギザギザの歯根が何本も残っていて、その上から歯茎が歯を覆っているのです。物を噛む度に歯茎に埋もれてるギザギザの歯根が歯茎に突き刺ささり激痛で食べる事ができなかったのです。先生は「放っておけば死んでいたでしょう。でもミルクやペースト状のa/d缶をずっと与えていたのは正解ですね。噛まなくても食べれたのでしょう。」
 タッちゃんは埋もれている歯を9本全て取り除く手術をしました。犬歯1本、臼歯1本も抜歯しました。
そして、一週間後、11月9日に退院しました。それからはびっくりする位、なんでも食べれるようになり、今はドライフードが大好きで良く食べています。最初、茶色になってた毛並みも黒々と本来の色を取り戻し、体も丸く標準体重になりました。
 タッちゃんも飼い主がいませんので、幸せになって欲しいので里親募集をしております。体を触られるととても喜びます。
今現在、タッちゃんがいる家の人は引越しをされてます。まだその家は空き家なのでそこでタッちゃんは今も小屋に入って静かに暮らしています。毎日私はタッちゃんのお世話をしております。
 私の家は狭くて、タッちゃんをすぐにでも保護をしてあげたいのですが、スペースがありません。今はアイヨも自宅保護してますので無理ができません。引越しをして少しでも助けたい猫を保護できる体制にしたいと2年前から考えておりますが、今の所、忙しい日々に追われ実行に移せないでおります。
とにかく、タッちゃんは毎日お世話をしております。
いつか飼い主さんになってくれる人が見つかるように努力したいと思います。

 皆様には日々見守っていただきまして、温かいご支援をして頂き本当に有難うございます。

 コメントも大変嬉しく励みになっています。いつも有難うございます。

 小西美智子 

アイヨ、15日間入院、無事退院のお知らせ

2010.03.13

 皆様にご心配おかけしております。アイヨが元気になってくれるまでは不安な日々が続いておりましたので、お知らせが遅くなってしまいました。あまりにも苛酷な環境で耐えていた猫ですので、もしこんな結果でアイヨを死なせてはならない・・・と、強い思いで保護しました。アイヨにもこれからは良い人生を味わって過ごして欲しいと切に思いました。
 
 3月11日(木)、アイヨは長い入院を経て、やっと無事退院をしまして、今現在自宅にて引続き療養中です。今はたくさん食べていますので体調面は問題なくなり、元気になりました。どうぞご安心して下さい。

 アイヨは2月22日(月)に入院したのですが、体重は2.7kgでした。

 アイヨが捨てられて動けなくなってた時の状態はぞっとする位の洗濯板のような体で横たわっていました。その頃は2kgも無かったと思います。毎日の世話が功を奏して食べた物が身になっていきながら、体力がついて丸みが出て太ってきてくれてました。
もともと小柄な女の子ではありましたが、河川敷で怖い思いをしてパニックになり5日間食べれなくて極端に怯えていましたので、これ以上の体調不安は生命に関わってくると判断しての緊急入院でした。脱水症状も起こしているのですぐに皮下注射や点滴、抗生剤、ビタミン剤投与などを行いながら様子を見る事になりました。 一応の血液検査全般(QBC検査も含め)をしましたが、大きな問題となる病気は見られませんでした。気になる数値は全て原因が分かっています。
そして、エイズ・白血病検査も陰性でした。

 アイヨは入院してからも3日間食べてくれませんでした。そして4日目の夜から突然食べ始めたそうです。先生から食べていますよ~と報告いただいて、張り詰めていた心配からようやっと解き放たれ私は生きた心地になりました。
とりあえず、アイヨが食べてくれるようになる事が第一とそればかりを願っていましたので、食べてくれれば他の事はともかく、また体重も増えて体力がついてくれると喜んでおりました。
 そして27日(土)、安心して退院の日を迎え、アイヨは自宅で静養する事となりました。ところが、、、そんな嬉しい気分はまもなくどん底に突き落とされました。アイヨは再び食べれなくなってしまったのです。。。。。水も飲まず。。。アイヨは家の中で緊張の連続で再び体も気持ちも萎縮してしまい、症状が戻ってしまいました。猫はデリケートな生き物、人間が想像する以上にそれはとても繊細で個人差もあります。本当に極端に神経質に怯える子もいますので、人間はその部分を大事に考えて察してあげなければならないと思っています。
 アイヨは好きなa/d缶も見向きもせず、ミルクや流動食も与えてみましたが、時間を置いて吐き出してしまいました。何もかも受け付けなくて、吐物に血が混じりました。吐いた胃液もピンク色に染まっていました。胃炎まで起こしてしまってると思いました。

 アイヨの気持ちを考えると本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。怖い思いをしてストレスで食べれなくなり、病院に連れて行かれ、少し食べれるようになったらまた移動されて初めて見る家に連れて来られ、もうアイヨは不安が頂点に達してしまったのでしょう。場所が変わる事が猫にとって一番の恐怖ですから、3箇所も変われば、受けたダメージは計り知れなかったと思います。
 私も覚悟をしました。とにかく今はアイヨの精神状態の安定だけ考え、アイヨが落ち着くまで、そして本当に安心して食べれるような気持ちになってくれるまで時間がかかっても長い目で待ってあげなければと思いました。
 もう一度、やり直しのチャンスをと神様に祈り、3月3日(水)アイヨは再入院しました。先生もアイヨの性格も配慮して頑張って下さいました。
 ただ、ここでもう一つ、アイヨには問題がありまして、実はアイヨは歯が無くなってたり、残る殆どの歯も相当に悪い事が判り、アイヨの歯はぐらぐらになっていて、途中で折れてる犬歯も根元の歯茎の炎症が激しく、もしかしてその菌が鼻の方に影響をして鼻水が止まらないのではと先生が言いました。確かにアイヨは風邪を引いて、治療して治っても、鼻水が完全に止まりませんでした。今は食べる事に支障がなくても今後に影響するため、アイヨの体調が万全にそして健康な状態になるために、アイヨの歯の手術もすることに決めました。アイヨは最初、若い猫だと思ってましたが、7~8歳ではないかと先生に言われました。アイヨは虐待も受けて栄養状態も最悪でしたので、私は半信半疑ですが・・・。

 アイヨは再入院してから再度、点滴、皮下注射などによって体力維持し、少しずつ食べれるようになってきて、8日(月)に歯の手術をしました。お蔭さまで手術は無事成功しました。
 
今は以前のように大食いになって、なんでも食べてくれています。今はアイヨを見ていて私も幸せを感じています。

 皆様に、アイヨを見守って応援して頂いて、本当に有難うございました。アイヨは皆様のお気持ちに励まされ、よく頑張ってくれました。元気になってくれて本当に安心しました。
またそのうち、元気になったアイヨの写真もご紹介します。

小西美智子

今年一番の寒さ

2010.03.10

 3月9日、今日は降りしきる雨、時折みぞれが混じる寒い中で猫達のお世話に回りました。今年の冬で今日が一番寒く作業も辛く感じました。雨の中で7箇所を回って飢えて待ってる猫達のお世話をするのですが、正味2時間の作業は手の指先がちぎれそうになる位痛くて、指が思うように動かなくなり、歯を食いしばって痛みを我慢しました。猫達も冷たい雨に濡れ、それでも焦って食べてましたが、お腹一杯になるとあっという間に小屋に入りました。
冷え込んでるので多摩川の水面全体からは湯気の様な蒸気が一面立ち上がり、ゆらゆらと流れていく幻想的な光景でした。
 
 ホームレスさん達はこんな日は小屋から一歩も出ません。ひっそりとしています。
 Aさんも同じく、猫達と一緒にテントの中でじっと耐えていました。入り口のシートをほんの少しだけめくって頂いて、食べ物だけお渡ししました。冷たい風が入り込んでは申し訳ないので雨の日は長居せず遠慮します。でもAさんは優しくて、雨の日でも私が来てくれるのを知って、温かいミルクティーを作って私に差し出してくれた時もあります。
 「寒いから中に入ります?」と言って下さり、Aさんのせっかくのご好意や気持ちが嬉しくて、本当に狭いテントの中にオジャマさせて頂いた事もあります。猫のサンタとタマコは差し上げた猫ベッドで寄り添って寝ていて、カラスはダンボール箱の中でおとなしくしていて、そこには狭いながら心温まる小さな一家団欒の幸せがありました。
 この家族を見ていると早く本当に幸せになって頂きたいと願わずにいられません。Aさんとは色んなお話をしています。
ただ、Aさんは今はまだ生活保護を受ける気持ちになれないでいます。頼る身内もなく、これまで孤独で辛い経験をしてきた人です。傷ついた心や精神的疲労は計り知れません。Aさんの気持ちは察してあげなければなりません。今はゆっくりAさんと猫達が食べる事に困らないように食べ物や必需品、支援金をお渡しして見守っている所です。
 Aさんと知り合って丸二ヶ月になりますが、河川敷でタマコもサンタも一時体調を崩したり、ケガをした時もありましたが、治療して今は良く食べて元気になって過ごしています。Aさんは、「いつも気にかけて頂いて感謝してます。有難うございます」といつも丁寧にお礼を言って下さいます。Aさんの身の安全のためにも、これからも毎日ずっと見守っていきます。そしていつか、本当の安全な住まいを見つけてあげたいと思っています。一歩一歩、その実現のために時間はかかりますが、最終的にAさんが喜ぶ形にしてあげれるよう努力したいと思います。 

 皆様にはいつも見守って下さいまして、感謝の気持ちでいっぱいです。Aさんについてはこれからも少しずつご報告させて頂きます。どうぞ、長い目で見守って頂けたらと思います。

 小西美智子

 

追い詰められる命・・・その後

2010.03.04

ファイル 253-1.jpgファイル 253-2.jpg

 「有難う・・・」担架に乗せられたおじさんが最後に私の目を見て言いました。「おじさん、元気になって戻ってきてね」と運ばれていくおじさんの体に手を当てて見送りました。
3月2日、一日早い「ひな祭り」で散らし寿司を作りました。もしかしたらおじさんが食べてくれるかもと、最後になるかもしれない食事を心をこめて作って行きました。「おじさん、大丈夫?」「いや、もうだめだ・・・体が動かないよ」「おじさん、散らし寿司食べれる?」「いや、もう無理、食べれないよ・・・」「おじさん、救急車呼ぼうか」「うん、呼んでくれる? すまんね・・・」
16時28分、救急車を呼びました。

 追い詰められる命(1) でお知らせしましたYさん、12月から体調が悪くなり、3ヶ月間、毎日食べ物を運んでお世話していました。カセットコンロを使用するのは苦手で最後までダンボールを集めて火を熾して煮炊きしていた人です。しかし、体がおかしくなり、起きれない日々が続きました。火を使わなくても食べれるよう、炊いたご飯やサラダ、煮物やおかず、パン、牛乳やヨーグルト、果物、体に良い納豆や卵、豆腐類、おじさんの好きなお菓子など毎日色々と考え、準備して食べ物を持参していました。「おじさん、どう? 大丈夫?」「あんたのお蔭で生きているよ」とおじさんは嬉しそうにしていました。おじさんは本当に孤独な人なので誰も助けてくれる人はいません。寝たきりで小屋から出れなくなれば「飯拾い」で食いつないできたYさんにとって、まったく食べる物が無くなります。そうなれば餓死してしまいます。それが分かっているから放っておく事はできないのです。
それが原因で餓死して発見される人もいるのです。

 1月20日あたりから、少しずつ体調が良くなってきたYさんは
「あんたのお蔭で元気になってきたよ」と笑って話をする時もありました。そして久しぶりに火を熾してました。昔からいつも煙が上がってたので、おじさんが火を熾している姿を見ると嬉しくなりました。お湯が沸かせるので、ポタージュや味噌汁、レトルトのカレーやご飯、カップ麺、なんでも食べれます。おじさんは本当に嬉しそうでした。
 その後、何度か気を失って倒れた時もあって、血を吐いたり、救急車を呼ぼうと思う時はありましたが、おじさんは救急車を呼ぶのを拒み続けました。
 おじさんの気持ちを尊重する、お付き合いをしている限り、とにかく気持ちを分かってあげる事が大事だと思っている私は、決しておじさんの気持ちに反するような事はしませんでした。「おじさんが呼んで欲しいと思う時はいつでも呼ぶから言って下さい」というと「有難う。いつも心配かけて悪いね」と言ってました。おじさんが救急車を拒む理由はもう一つ、
もうここに二度と戻って来れないだろう・・・と思っているからなのです。
 おじさん達は自分の立場をよく分かっています。冷たい社会、今の日本という国を充分に分かっているからこそ、助けを求める権利を失い、ぎりぎりまで我慢して生きています。死ぬ寸前まで助けを求められない、求め難い社会・・・こんな社会は間違っています。命の差別などあっていい筈がありません。どんな命も生れてきた以上、同じ命、生きる権利があるのです。私は人も動物も命を等しく同じ価値観で尊重されなければ、決して良い国、良い世の中にはならないと思っています。

 おじさんの足は骨が浮いて、私の腕位の細さになってしまってました。顔の肉も殆どおちて、小さくなってしまいました。
おじさんが救急車に運ばれていくお別れの時、そこに私は呆然としたまま、おじさんが見えなくなるまで立ち尽くしていました。

 皆様からはいつもホームレスさん達に対しても温かいお気持ちとご支援を頂いております。どれだけホームレスさん達も助けられているかわかりません。皆様の優しい心のこもったご支援にいつも心から感謝の気持ちでいっぱいです。Yさんもお礼を言っておられました。本当に有難うございます。

 私も毎日の猫達のお世話とホームレスさんのご支援をしておりますので、忙しく動いておりますが、こうしてご支援ができます事は
常に皆様のお蔭だと心から感謝しております。

 Yさんがまた元気になられる事を、奇跡が起こってくれる事を願っています。
 いつも見守ってくださり、皆様本当に有難うございます。

小西美智子

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