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記事一覧

多摩ねこ日記~1564

2020.01.18

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前回、台風後に伺ってその時は出会うことのできなかった猫に会えました。元気だとは聞いてはいても、今も倒木にガレキが絡みついたままの風景の中では直接その姿を見るまではなかなか安心できないものです。

リボン(♀)はホームレスのおばちゃんが作ってくれた猫小屋を寝床にして長年暮らしています。台風時にはリボンが暮らしていた河川敷は完全に濁流にのまれてしまいましたが、夜とはいえ少しずつ高い場所に逃れられるよう見通しの良い地形が幸いしたのだと思われます。
お世話しているおばちゃんやその関係者の方も健気なリボンの姿を見ては顔を見合わせて今日一日を生きてこれた事に感謝しています。今夜は特に冷えそうです。猫小屋用にと長時間対応の使い捨てカイロをたくさんお渡ししました。

少し離れた場所の他の名前のない猫4匹もその元気そうな姿を見せてくれました。見知らぬ人だとすぐに隠れてしまいますが、関係者だとどこからともなく出て来ます。頭上を舞う小雪を見ながら、多摩川中流域を後にしました。

多摩ねこ日記~1563

2020.01.16

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ペケたちがいる所に行きました。2011年8月にペケとタロウを可愛がっていたおぃちゃんが体を悪くして施設に入り、その翌月には国交省から依頼された業者が小屋を解体して処分しました。

タロウはすぐそばでハコ(♀)とトラ(♀・行方不明)の面倒を見ていたおぃちゃんの所に合流してご飯をもらっていました。一方のペケはしばらくの間はその付近にいたのですが、そのうちに約300m ほど離れた中州の雑木林に棲むようになり、ご飯を食べるときだけタロウなどがいるおぃちゃんの所に通っていたのです。

おぃちゃんのそばは雨風を凌げて温かく過せる場所がいくらでもあるにも関わらず、ペケは猫小屋もなにもない雑木林の中に頑ななまでに棲み続けたのです。
ところが、今までの大規模な台風でも持ち堪えてきた雑木林が、去年の台風によって中州ごと消えてしまいました。

そんな訳で今のペケは約8年間の雑木林での生活を離れ、ハコやラビがいる場所 (現在は倒木やガレキの山) でいっしょに過ごしています。タロウやハコなどの面倒を見ていたおぃちゃんは去年の7月に福祉を受けて多摩川を去りましたが、引き続きボランティアの方がお世話をされています。
やはり、元々のこの場所の目の届く場所にペケがいることは安心できるようです。

タロウは数年前からこことは離れた場所に自主的に移動してしまいましたが、いずれにしても全員が元気に暮らしています。

多摩ねこ日記~1562

2020.01.14

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土手の傍に棲むクロ(♀)のいる所を通りがかりました。毎日まめにおぃちゃんが離れた場所から通って来ては溺愛しています。おぃちゃんは10月の台風の当日は心配でクロの様子を見に来ようと、いったんは夜に出かけたそうですが、強い雨風に足をとられてとてもクロがいる所までは来れないと諦めたそうです。

この地域では濁流とガレキは完全に土手まで届きましたが、土手を越えれば視覚的にも市街地まで逃れられるので助かったのでしょう。
最近では300m 程離れた場所にいる三毛猫もやって来てご飯をもらっています。おぃちゃんは猫に対しての当たりがとても優しく物静かな方なので三毛猫も安心しているようです。

多摩ねこ日記~1561

2020.01.10

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久々にチビのおぃちゃんと会いました。内臓に持病のあるおぃちゃんですが、福祉を通してまめに病院で検査をしていて摂生もしている様子で安心しました。
チビもよく食べているようで元気でした。夏はウェットフードを好んでいましたが、寒くなるとドライフードばかりを食べているとおぃちゃんは笑います。

今まで使用していたテントの生地が薄くて、夕方から朝にかけては寒くてなかなか寝つけなかったようです。そんな事もあって施設に入所した仲間のおぃちゃんに譲ってもらったというかなり丈夫そうなテントに張り替えていました。
それでも底冷えのする寒い夜は我慢できずにカセットコンロの火を点けてテントの中を温めることもあるそうです。しかし、そうすることによって外気とテント内との温度差が生じて、結露という現象が発生します。テント内の物に水滴がついて、やがてはびしょびしょに濡れてしまうのです。
次回は毛布を2枚をお持ちすることを約束しておぃちゃんと別れました。

電車で帰宅した私は再び多摩川にでかけ、ニコ(♂)のおぃちゃんにも会いました。辺りは日没直後で黄金色の大きな月が顔を出していました。さっきまで小屋の中で寝ていたニコでしたが、いつものように夕方の時間になると外に出て来ます。 

我が家のカミさんも普段の多摩川の猫のケアに加え、かなりの長期入院になっているシャミの様子を見たり、他の保護猫の通院や不定期通院、自宅での投薬のための医薬品をもらいに行ったりと時間に余裕のない日々を送っております。

多摩川での作業や動物病院・買い出し、他。保護ねこのケアは午前4時頃まで続いていて慌ただしい毎日です。
ご挨拶状やお問い合わせ、お礼など、他についてそのすべてに対応しかねますことをご理解下さい。
不義理をしておりますがご了承お願い致します。

多摩ねこ日記~1560

2020.01.09

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去年10月の台風は過去の大きな被害をもたらしたどの台風よりも、さらにそれを上回る被害でした。近年では2007年9月と2008年9月に猫とおぃちゃん達にとって大きな被害がありましたが、その時でさえ被災後はおぃちゃん達が泥だらけの私物などの片づけをし、一週間~10日くらいすれば個人差はあるにしても次々と小屋が再建されていました。

しかし、今回の台風では資材となる廃材などがことごとく流されていて、小さな小屋を作るだけの材料が手に入りません。そんな訳で小屋を作ることができた方はほんの一部で、他の多くの方は小さなテント暮らしです。10月、11月は何人かの方にテントが買えるだけの支援金をお渡ししたこともあります。

辛うじて小屋が流されずに済んだものの、泥だらけの残骸を片付けながらその傾いた小屋を再利用しようとしている方もいます(NO,1)

また、申し訳程度の小さなブルーシートを木の枝の骨組みに引っ掛けて、その中をテント替りにして暮らしている人もいます(NO,2)。

そして、激しい流れで地形が変わってしまい、流木や倒木のある足場の悪い場所にテントを張っている方もいます。ある程度の敷物があっても、この時期は地面から外からの冷え込みは厳しいものがあります(NO,3)。

あの日の夜にミー&タカを失ったおぃちゃんは頑張って小屋を再建中です(NO,4)。ひと休みするときは、いつも小屋の前に置いた椅子に座ってミーやタカにあれこれと言葉をかけながら可愛がっていたあの光景は今となっては遠い昔のことのようにも感じます。時間は元に戻らないからそう思ってしまうのでしょう。

多摩ねこ日記~1559

2020.01.06

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台風で不明になったイッチャン(♀)がいた所に行きました。残された複数匹の猫のその後は全員元気に過ごしています。辺りはガレキが絡みついた倒木が川べりに沿って数100m続いています。そんな足場の悪い所は猫とおぃちゃん達が暮らしている場所だけで、一般の方が通りがかるような所はガレキや泥がきれいに撤去されています。

この場所にはずっと以前から猫たちを可愛がってくれる複数の方が時間差で、またある時はたまたま重複したりして給餌に来てくれます(勿論、ホームレスの方が主体です)。冬場のこの時期ということに加え、それなりにたっぷりと食べることができるのでどの猫も太って映ります。
雨風を凌げる場所もあるので猫の表情や動きに必要以上の緊張感がなくてとても穏やかです。

多摩ねこ日記~1558

2020.01.05

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台風直後から生還している猫はいないかと何度か足を運んだ場所です。ここでは約300m 四方の範囲の中に20匹前後の猫がいた所です。しかし、幾度か現地で様子を見てきましたが全滅のようです。

土手からの距離がかなりあることと、河川敷に小高い丘のような場所があったことなどから、水かさが増すごとにどの猫もそこに逃げ込んだのではなかろうかというのが私の想像です。今、その雑木林の丘そのものがありません。

風の噂では去年11月に「2~3匹が助かったようだ」と耳にしましたが、その猫がその後どうなったかさえも定かではありません。付近にいたおぃちゃんももうそこには住めないと判断したのでしょう。音沙汰は全くありません。
そして、冷たい風が吹くだけのなにも無くなった河川敷には当時いた関係者の方の姿もありません。
寂しいことです。

多摩ねこ日記~1557

2020.01.02

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この辺りの河川敷では約500m ほどの範囲に4棟の小さな小屋がありました。いつも私が歩を進める順に言いますと、1棟目のおぃちゃんの所では5匹の猫がいましたが、台風一過の後で次々と姿を見せて5匹全員が無事でした。

おぃちゃんは当日の夜は増水のぎりぎりまで河川敷に居たために水流の渦にあやうく足をとられて流されそうになったそうですが、それでも強い風雨の中で必死に逃げて無事だったのです。
小屋は傾いたまま何とか流されずに持ちこたえたので、片付けが大変だったようですが、あれから80日を経た今となってはそれなりに平静をとり戻して猫を可愛がっておられます。

2~3棟目の所では以前は子猫がいたり、年老いた犬がいたこともあるのですが、10月の台風時には動物はいませんでした。それぞれのおぃちゃんは早めに安全な場所に避難していたので無事でした。とはいっても、2日間くらいは睡眠はとれていないし、小屋は流され帰る場所の水も引かないので辛かったようです。

4棟目(★ 写真) には名無しの黒白の猫がいました。ここでは猫とおぃちゃんの営みがあった小屋は完全に消えていました。以前にも書きましたが、よほどの理由がない限り、いったんは避難していてもまたもとの場所に帰ってくるものです。

しかし、あの日から今日になっても台風の翌日の風景となんら変わりはありません。猫の行方もおぃちゃんの行方も不明のままです。おぃちゃんがお元気なら別の場所(河川敷)に移動した可能性もあるのですが、情報もなくなにも分からないままの80日間が過ぎました。

多摩ねこ日記~1556

2020.01.01

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シロのおぃちゃんの所にも立ち寄りました。今現在、おぃちゃんはいませんが、かつてはシロ(♀)とコロ(♀)の2匹の姉妹の白い犬を可愛がっていたおぃちゃんがいたのです。

コロは足の傷が化膿したことが原因で2011年5月4日に病院で死亡しました。シロは2012年12月31日に突然行方不明になってしまいました。当時13歳で足腰も弱っていたので、勝手にどこかに行くような犬とは考えられなかったため、おぃちゃんは「誰かが勝手に連れて行った」と言っていました。勿論、おぃちゃんや私、我が家のカミさんまで来て捜しましたが、見つけることはできませんでした。

ちなみに2009年頃から、そこにはそれぞれの時期に遺棄された猫が15匹くらいいました。コロとシロを失った後もおぃちゃんはそれらの猫と共に暮らしていたのです。小屋の外で寝起きする猫もいれば、おぃちゃんの枕元で寝起きする猫もいました。

2015年12月9日、おぃちゃんは体調を崩して入院することとなり、その事が原因で結果的に多摩川を去ることになりました。そこにいた猫は引き続きボランティアの方や付近のおぃちゃんが手厚く面倒を見ていたのです。(新たな飼い主さんが見つかったり、病死した猫もいます)

そして、2019年10月の台風直前には5~6匹の猫が空き家となっている小屋に棲んでいました。それが今となっては小屋も何もかもが跡形もなく消えてしまいました。これまで、当ブログで「シロのおぃちゃんの所」と表記していた場所は今はもうありません。

多摩ねこ日記~1555

2019.12.31

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名前のないサビ柄の猫のおぃちゃんにも会いました。この猫は台風一過の3日間はその姿がありませんでした。台風の翌日に伺ったときはもうおぃちゃんは猫のことは諦めていました。10月の台風はそれも無理もないほどの水が河川敷に溢れました。

猫は4日目の深夜に着の身着のままで、流れ着いたブルーシートを頭からかぶって横になっていたおぃちゃんの元に戻って来たのです。雨が降り続く夜だったそうです。
おぃちゃんの小屋は土砂に埋まったままで人力では手のつけようのない状態です。そばにブルーシートをテントのような形にしてその中で雨露を凌いでいるところです。小屋を再建するにも廃材が手に入らないうちはしばらくはここで冬を越す覚悟です。

猫の体調などは特に問題はなく、よく食べているとのことなのでとり合えずは心配はしていません。台風前と比較しておぃちゃんに対して断然よく甘えるようになったということです。

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