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多摩ねこ日記~1546

2019.12.04

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広い範囲の河川敷の安否確認・他はまだまだ続いています。やはり、いつもそうですが目的地が近づくと無事だったのか、そうでなかったのかいずれにせよ覚悟してしまいます。

驚いたのは、川幅も狭く普段なら水量も少ない多摩川の最上流域でも川沿いにある遊歩道そのものがことごとく破壊されているのです。まるで重機で故意に壊したかのように、その濁流の圧力で粉砕されていて通行止めになっている所が何ヶ所もありました。

しかし、今日は幸いな事に私が知りうる限りの猫は無事でした。辺りが渓谷になっていることで逆に逃げ場に余裕があったのでしょう。

地域よる違いはあっても、猫たちは川べりにいることが多いです。河川敷が広々としていると土手までの距離が遠く、猫にとっては普段のテリトリーから大きく外れます。
台風のような急激な増水があった場合、まず真っすぐに土手まで逃げることはしないでしょうから、少々高い場所に移ったとしてもそのうちにその障害物ごとそっくり濁流にもっていかれてしまいます。
言うまでもなく、そうした地域に居た猫はその多くが行方不明になったままなのです。
あの日の夜の物凄い勢いでガレキや倒された巨木と共に押し寄せてくる流れに足をすくわれれば、猫でも人でも自力ではどうなるものでもありません。自然の力には改めて逆らえないものだと実感しました。

多摩ねこ日記~1545

2019.12.01

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台風で私物を失ったおぃちゃん達の多くがとり合えずの雨露を凌ぐための小さめのテントの中で過しておられます。資材が容易に手に入らないために小屋を建てることのできる方はほんの一部です。そんな訳で河原の冷たく強い風を受けてバタバタと音を立てているテントの中は手がかじかむくらいに寒いのです。

コマ(♀)のおぃちゃんにも会いました。コマはあの日の台風の夜に姿を消したまま帰っては来ません。おぃちゃんは留守の間でもいつコマが帰って来てもいいように、毎日外にフードを置いてコマの帰りを待っています。
あの日から50日になろういうのに、おぃちゃんは諦めることなく昼夜問わず新しいフードを準備してずっと待ち続けているのです。当初はフードはお皿に入れていたのですが、カラスがお皿ごと持ち去ってしまうので、もう入れ物が無くなってしまったようです。

私と2人でコマの思い出話をしていると、おぃちゃんはふっと天を仰ぎかすれたような声で「太平洋まで流れちまったのかなー」と一言。なんとも寂しげでした。
使い捨てカイロ・ガスボンベ他をお渡しして多摩川を後にしました。

多摩ねこ日記~1544

2019.11.27

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台風以来、ななかなか足を運べなかったトラ&チビ&ポンのおぃちゃんに会いに行きました。辺りの地形はすっかり様変わりして、平坦だった地面に泥が山のように連なって、地表そのものが以前とは別ものに変わり、加えて流木や様々なガレキが絡み合って足の踏み場もない状態でした。

おぃちゃんはそんな中にそこらへんの資材をかき集めて高床式の小屋を再建していました。おぃちゃんより先に目が合ったのはポン(♂・1歳4ヶ月)でした。唐突に生きている姿を見れたのはなによりです。
深夜の増水、呼吸をすることさえままならないくらいの強い雨風、猫をかくまう心の余裕もなく避難したおぃちゃんは台風一過の後で戻ってみると、トラ(♂)とポン(♂)がガレキの中から声を枯らして鳴きながら出て来たそうです。しばらくしてもチビ(♀)の姿はなかったので、おぃちゃんは濁流に流されてしまったものと思っていたようです。

それから4日後、冷たい雨の降りしきる早朝にずぶ濡れになったままどこからかチビが帰って来たのです。その時はまだ小屋を再建するどころではない状況だったので、おぃちゃんは拾ってきた一枚のブルーシートを雨除けの傘がわりに木の枝と枝に貼り、その下にしゃがんでチビの体を抱きしめて温めてあげたのだそうです。

結果的におぃちゃんも含めて3匹の猫は無事でした。あれから日にちが経ち、辺りは手のつけようのないくらいの荒れ放題ですが猫は今となっては落ち着いています。平坦だった地面は4m ほど盛り上がり今はその上で暮らしています。

保護している猫のアン(♀)の膀胱炎の治療も続いています。元々、好酸球菌を体内にもつ不治の病ではありますが、またまた厄介でもあります。我が家のカミさんは日頃の処置費用やアンのこれまでの治療の内金を済ませました (先日死亡したショーの処置費¥75000余り・アン¥22000余)。そして、アンは再度の検査をして明日は膀胱内の石を切除するための手術の予定です。
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日頃よりお気遣いありがとうございます。

私どもはいつもにも増して昼夜問わず時間に余裕のない慌ただしい生活を続けています。メールの返信・ご挨拶状・お礼状・他のお問い合わせなどの返信ができない場合、滞る場合があります。、
関係者さま対しては不義理をしておりますが、ご理解頂ければ幸甚です。

多摩ねこ日記~1543

2019.11.24

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巡回の最後にヒナコがいた所を通りがかりました。ヒナコは台風19号が関東を通過した日の夜に姿を消しました。その後も何度かこの場所に足を止めてみたものの、いつになってもヒナコの気配はありません。
面倒を見ていたおばちゃんは台風一過の荒れ果てた河川敷を大きな声で名前を呼んでは来る日も来る日も探し続けました。台風が通り過ぎた後も大気が不安定で、おおむね10日間は梅雨のように雨が降り続きました。
そんな中をおばちゃんはヒナコの好きなドライフードを手に探しました。辺りは以前の面影もなく、泥水とガレキで緑色だった河川敷は茶色一色になって平坦な地面も隆起していて地形が変わっています。

仮に生きて帰ってきたとしても、様変わりした風景の中で誰ひとり人間がいない場所だとヒナコも不安でどこに身を置いてよいのかは分からないでしょう。おばちゃんはその事を心配してとにかく探し回ったそうです。
あれから、40日余りの時が経ちました。今、おばちゃんの中には悔しさと諦めの気持ちが交差しています。

11月11日の日記に記した、我が家のカミさんが著しく体調を崩した猫を発見、保護、病院搬送し、以後ずっと入院を続けていた猫は入院治療中に息絶えました。猫エイズ(陽性) & 白血病(陽性)+貧血でした。明日、弔ってあげることに致しました。

多摩ねこ日記~1542

2019.11.21

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今回の台風以来、初めて訪ねた場所のモモ(♀)を含む5匹の猫は全員が無事でした。台風上陸の夜はなんとか水かさが一定以上あがらないよう願いながら夜を明かそうとしていたそうです。

ところが、午前2時頃になって激しい雨風の中で突然バキバキバキと音を立てて大きな漂流物が近くの木にぶつかって地面が揺れたのだそうです。まったくの闇の中ですから具体的に何がぶつかってきたのかは分かりません。
命の危険を感じたおぃちゃんはずぶ濡れのまま土手に避難したのです。猫もどこにいるのかさえも確認できないまま、とてもすべての猫を保護するような余裕はなかったと言います。

しかし、結果的には5匹が命を落とすことなくおぃちゃんと共に今日という日を迎えています。ただ、辺りは地面が陥没し、足元はガレキの山なので、一ヶ月を過ぎた今でも生活を立て直すための片づけが続いています。ある程度の落ち着きをとり戻せるまでには後一ヶ月はかかりそうでした。

周辺の少し離れた所にいた猫とおぃちゃん、それに小屋はそのすべてが消えていました。名前のない黒白の猫とおぃちゃんはどうなったのか ? 今どこにいるのかは分かりません。

多摩ねこ日記~1541

2019.11.19

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10月の台風19号通過後、4日目の16日の夕方発見された白黒の猫。真っ暗闇の中とはいえ不明になっていたミー(♂・7歳)ではないかとの情報。その後はおぃちゃんが荒れ果てた河川敷の目立たない一角に日が暮れてから(明るいうちはカラスに食べられてしまう) 毎日フードを置いていました。

その後は午前2~4時頃にかけて姿を見せていました。私自身もミーだと思っていたのですが、街路灯のない河川敷はほぼ真っ暗で月明りしか頼りになるものはありません。
そんな中、なんとか私が撮影した写真で確認してみると、ミーではなく一歳位の若い白黒猫、メス猫のようにも感じられました。体毛がきれいなことから、台風直後に捨てられた猫だろうという事でおぃちゃんはフードを置いて夜な夜な起きては様子を見ていたのです。

しかし、今月に入っておぃちゃんが見たのは一度きり。もう10日以上見かけていなくてフードも減っていません。そんな訳で毎日フードを置くのも大変なのでおぃちゃんはもうその必要はなさそうだと思っていたようです。
ところが、3日くらい前にその猫を見たという複数の方の目撃証言が耳に入ってきたのです。時間はやはり午前4時頃です。

そんな事もあって、改めていろいろな情報を冷静に要約してみると11月は全くフードが減っていなかったこと、体毛が異常にきれいなこと・他の理由から近くの民家から深夜の一定の時間帯に限って土手を越えて河川敷まで来ている可能性がかなり高いのではということになったのです。

今日の午前3時頃には猫は姿を見せませんでした。見かけたのは川べりを歩くタヌキだけでした。

午後にはまだ安否確認に出向いていない地域に行きました。周辺は荒れ果ててガレキの山になっている所で生き残った2匹の猫を確認できました。ここは猫のいた所から土手までが遠く離れた場所です。大きな木もなぎ倒されている中でいったいどこに逃れていたのでしようか。

幸いなことに、我が家で長期間保護していた猫を飼って下さる優しい飼い主さんが見つかりました。我が家のカミさんがご自宅までお届けしたのですが、環境など申し分なく、なによりお人柄がこの上なく素晴らしい方だったことが私たちの喜びです。
おそらく長期に渡り虐待を受けつつ飼われていたと思える猫でとても怖がりでしたが、少しずつ時間をかけて完ぺきとはいえないまでも極端に怖がったりする仕草はなくなりつつあったところです。

多摩ねこ日記~1540

2019.11.15

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相変わらず猫の捜索と安否確認を続けながら、生活を立て直そうとしているおぃちゃん、おばちゃん達の所を回っています。今日、通りがかった場所にいたビビり(♀)は10月12日の台風上陸の夜から姿を消したままです。
面倒を見ていたおばちゃんは台風の直前に複数匹の猫を安全な場所に避難させました。しかし、付近には他にももっと猫がいたのですが、言うまでもなく誰しも限界というものがあります。ビビリは深夜の河川敷で増水した茶褐色の濁流から必死に逃れようとしたはずですが、驚異的な自然の力にはどうにもならなかったのでしょう。

おそらく、飼い主に酷く虐められたあげくに遺棄され、多摩川でもびくびく、おどおどしていつも怖がっていた猫。ビビリは辛い思いしか知らないまま濁流にのまれてしまったのかと思うと堪らない気持ちになる。

おばちゃんはビビリを避難させることができなかったことをとても悲しんでおられます。でも、おばちゃんはできる事を実践されている訳で、余り落ち込み過ぎないよういろいろとお話をしました。

我が家のカミさんは酷く足を痛めた猫「シャミ(♀)」を病院に搬送しました。これは、もう何年も前からマナーの悪い犬の飼い主によって犬に追われ(リードを付けたまま猫に近づける)、その度にそばにある木や建造物に駆け上がり、またそこから飛び降りているうちに悪くしたものです。

何年も前から日常的にそうした複数の飼い主が通りがかる場所なのでシャミにとっても気の毒です。足を痛めても何度かは自力(自然治癒)で治っていたようですが、今回は症状が酷いようです。カミさんの撮った、後肢を直線に伸ばしたままフードを食べている写真を見るとその姿はやはり異常というものでした。
その症状からして長期の入院治療になりそうです。

多摩ねこ日記~1539

2019.11.13

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猫の捜索・安否確認などで足元が悪いために徒歩で移動しました。台風から一ヶ月が経過しても、いっこうに水が引かず踏み込めない所がまだ結構たくさんあります。こんな台風は今回が初めてです。

延々と歩いているうちに運よく生き延びることのできた猫と出会いました。近くにはおぃちゃんがきれいに洗ったと思える食器が3枚並べて置いてありました。ちゃんとフードをもらっているようです。おぃちゃん達も生活を立て直すために日々大変で余裕などは全くありません。
ガレキを拾い集めて小屋の資材として利用する方もいます。少しずつですが真新しい小さなテントが張られていますが、これはあくまでも一時的な雨露凌ぎの臨時のテント。実際に雨でも降れば、その雨音がうるさくてとても眠れるものではないでしょう。

先日、手持ちのテントが無くて困っていた方3名に各自お気に入りのテントが準備できるよう支援金をお渡しすることができ、猫のフードといっしょに差し上げました。

一方、簡易のテントなどで河川敷の川べりに戻っている方はまだ一部です。その多くはそれぞれですが、土手に置いたリヤカーや自転車などにブルーシートを張り、そこで夜を明かしている人もいます。
個人差はあれ、こうした台風やゲリラ豪雨などの被害の場合は復旧するまでに大体3ヶ月を要します。めっきり寒くなるお正月過ぎくらいまではかかるでしょう。
そうなるまでは猫も落ち着けません。

多摩ねこ日記~1538

2019.11.11

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台風から一ヶ月経っても水が引かずに足元が危険な場所がまだたくさんあります。日にちが過ぎても「死んでてもいいから自分の手で葬ってやりたい」と言って私の腕を両手で握って涙するおぃちゃんと会いました。情が深く、自分の伴侶として猫を可愛がっていた方でした。
ガレキの中の捜索も場所によっては足を踏み込めない所もあって、ある程度の限界さえ感じます。途中で出会ったおぃちゃん達にテント・他を必要としている方はいないかと聞き回ったところ、3人の方が欲していることが分かりました。
おぃちゃん達は大抵は台風などとは関係なく、日頃から欲しいテント他はどこそこのホームセンターで売っている、いくら位の物とおおよそ目星をつけているものです。そんな訳でそれが買えるだけの現金を次回お渡しすることにしました。

移動の途中でミー(♀)のおぃちゃんとも会いました。ミーという名の猫は複数いますが、このミーは当ブログではたった一度しか記したことのない三毛猫です。
10月12日の台風上陸の夜からミー(♀)の姿は消えました。おぃちゃんの小屋も完全に水没し、濁流の底で泥にまみれて地面にすっぽり埋まっていました。

「一気に水が来たからミーは逃げきれなかったんだ」とおぃちゃんは悔しそうでした。台風上陸の夜は私自身も呼吸がしにくいくらいに強い雨風が吹いていました。そんな中で勢いのある濁流に足をすくわれれば自力ではどうにもなるものではありません。

我が家のカミさんが著しく体調を崩した猫を保護し、病院で治療入院となりました。かなりの重篤な病のようで、しばらく入院が長引く模様です。

多摩ねこ日記~1537

2019.11.07

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猫の安否確認をしながら河川敷を移動しています。今日はラビ(♂)の生存を見届けることができました。今回の惨状では命があるだけでこの上ないことです。

仲間の猫のペケのいた場所はこんもりと小山のように土が盛り上がり、うっそうとした中州の雑木林でしたが、今回の台風ではその林そのものが消えていました。この場所を横目に通りがかったときは絶望感に包まれた私でしたが、関係者からの話しではペケ(♀)は元気でいるそうです。

しかも、立ち話をしている私のすぐそばのガレキの中のどこかにいるようでしたが、ガレキそのものが入り組んでいて、おまけに地形もすっかり様変わりしていることもあって姿までは見れませんでした。

同じ仲間のハコ(♀)もうまく難を逃れて元気に過ごしているそうです。そして、少し離れた場所にいたタロウ(♂)も無事でした。

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