selling drugs

speed 40000yen/g

420 7000yen/g

twitter https://twitter.com/nobnobo6


記事一覧

多摩ねこ日記~1558

2020.01.05

ファイル 1648-1.jpgファイル 1648-2.jpgファイル 1648-3.jpgファイル 1648-4.jpg

台風直後から生還している猫はいないかと何度か足を運んだ場所です。ここでは約300m 四方の範囲の中に20匹前後の猫がいた所です。しかし、幾度か現地で様子を見てきましたが全滅のようです。

土手からの距離がかなりあることと、河川敷に小高い丘のような場所があったことなどから、水かさが増すごとにどの猫もそこに逃げ込んだのではなかろうかというのが私の想像です。今、その雑木林の丘そのものがありません。

風の噂では去年11月に「2~3匹が助かったようだ」と耳にしましたが、その猫がその後どうなったかさえも定かではありません。付近にいたおぃちゃんももうそこには住めないと判断したのでしょう。音沙汰は全くありません。
そして、冷たい風が吹くだけのなにも無くなった河川敷には当時いた関係者の方の姿もありません。
寂しいことです。

多摩ねこ日記~1557

2020.01.02

ファイル 1647-1.jpgファイル 1647-2.jpg

この辺りの河川敷では約500m ほどの範囲に4棟の小さな小屋がありました。いつも私が歩を進める順に言いますと、1棟目のおぃちゃんの所では5匹の猫がいましたが、台風一過の後で次々と姿を見せて5匹全員が無事でした。

おぃちゃんは当日の夜は増水のぎりぎりまで河川敷に居たために水流の渦にあやうく足をとられて流されそうになったそうですが、それでも強い風雨の中で必死に逃げて無事だったのです。
小屋は傾いたまま何とか流されずに持ちこたえたので、片付けが大変だったようですが、あれから80日を経た今となってはそれなりに平静をとり戻して猫を可愛がっておられます。

2~3棟目の所では以前は子猫がいたり、年老いた犬がいたこともあるのですが、10月の台風時には動物はいませんでした。それぞれのおぃちゃんは早めに安全な場所に避難していたので無事でした。とはいっても、2日間くらいは睡眠はとれていないし、小屋は流され帰る場所の水も引かないので辛かったようです。

4棟目(★ 写真) には名無しの黒白の猫がいました。ここでは猫とおぃちゃんの営みがあった小屋は完全に消えていました。以前にも書きましたが、よほどの理由がない限り、いったんは避難していてもまたもとの場所に帰ってくるものです。

しかし、あの日から今日になっても台風の翌日の風景となんら変わりはありません。猫の行方もおぃちゃんの行方も不明のままです。おぃちゃんがお元気なら別の場所(河川敷)に移動した可能性もあるのですが、情報もなくなにも分からないままの80日間が過ぎました。

多摩ねこ日記~1556

2020.01.01

ファイル 1646-1.jpgファイル 1646-2.jpgファイル 1646-3.jpgファイル 1646-4.jpg

シロのおぃちゃんの所にも立ち寄りました。今現在、おぃちゃんはいませんが、かつてはシロ(♀)とコロ(♀)の2匹の姉妹の白い犬を可愛がっていたおぃちゃんがいたのです。

コロは足の傷が化膿したことが原因で2011年5月4日に病院で死亡しました。シロは2012年12月31日に突然行方不明になってしまいました。当時13歳で足腰も弱っていたので、勝手にどこかに行くような犬とは考えられなかったため、おぃちゃんは「誰かが勝手に連れて行った」と言っていました。勿論、おぃちゃんや私、我が家のカミさんまで来て捜しましたが、見つけることはできませんでした。

ちなみに2009年頃から、そこにはそれぞれの時期に遺棄された猫が15匹くらいいました。コロとシロを失った後もおぃちゃんはそれらの猫と共に暮らしていたのです。小屋の外で寝起きする猫もいれば、おぃちゃんの枕元で寝起きする猫もいました。

2015年12月9日、おぃちゃんは体調を崩して入院することとなり、その事が原因で結果的に多摩川を去ることになりました。そこにいた猫は引き続きボランティアの方や付近のおぃちゃんが手厚く面倒を見ていたのです。(新たな飼い主さんが見つかったり、病死した猫もいます)

そして、2019年10月の台風直前には5~6匹の猫が空き家となっている小屋に棲んでいました。それが今となっては小屋も何もかもが跡形もなく消えてしまいました。これまで、当ブログで「シロのおぃちゃんの所」と表記していた場所は今はもうありません。

多摩ねこ日記~1555

2019.12.31

ファイル 1645-1.jpgファイル 1645-2.jpg

名前のないサビ柄の猫のおぃちゃんにも会いました。この猫は台風一過の3日間はその姿がありませんでした。台風の翌日に伺ったときはもうおぃちゃんは猫のことは諦めていました。10月の台風はそれも無理もないほどの水が河川敷に溢れました。

猫は4日目の深夜に着の身着のままで、流れ着いたブルーシートを頭からかぶって横になっていたおぃちゃんの元に戻って来たのです。雨が降り続く夜だったそうです。
おぃちゃんの小屋は土砂に埋まったままで人力では手のつけようのない状態です。そばにブルーシートをテントのような形にしてその中で雨露を凌いでいるところです。小屋を再建するにも廃材が手に入らないうちはしばらくはここで冬を越す覚悟です。

猫の体調などは特に問題はなく、よく食べているとのことなのでとり合えずは心配はしていません。台風前と比較しておぃちゃんに対して断然よく甘えるようになったということです。

多摩ねこ日記~1554

2019.12.28

ファイル 1644-1.jpgファイル 1644-2.jpg

今日も気になっていた現場に足を運びました。辺りの林は足の踏み場もないくらいに倒木やガレキが絡みついたままで真っすぐに前には進めなく、迂回を繰り返しながら歩きました。この辺りはもう少し増水していれば市街地まで冠水するくらいまで氾濫したことが伺えます。

当然、猫とおぃちゃんがいる場所は濁流の底になっていたはずで荒れ果てています。でも、幸いなことにナナ(♀)は元気に過ごしていて、逆に脱力するくらいに安心しました。

台風当日の午後におぃちゃんがナナを連れて河川が氾濫する直前に避難していたのです。小屋の中は泥水で大変なことになったようですが、大きな木々に囲まれていたために流されずに済みました。中の片付けに一ヶ月半かかったようですが、ナナもおぃちゃんも今は何ごともなかったかのように生活をとり戻していました。

明と暗、猫がいなくなった所とそうでない所のおぃちゃんの表情は対照的です。

多摩ねこ日記~1553

2019.12.25

ファイル 1643-1.jpgファイル 1643-2.jpg

広い範囲(約200km)の主な場所の猫たちの安否確認も今月いっぱいでほぼ終わりそうです。今日は以前から気になっていたトムのおいちやんと台風以来初めて会えました。あの日の増水で小屋は完全に土の中に埋まってしまい、おぃちゃんはその後の雨さえも怖くなって対岸の小高いところにその場凌ぎの小さなテントを張っていたのだそうです。

しばらくは台風当日のトラウマが頭の中を何度もよぎって元の場所に戻るのをためらっていたそうですが、最近になってやっと気持ちが落ち着いたので小屋の再建を急いでいるようです。

おぃちゃんは3匹の猫の面倒を見ていました。ハナ(♀)とミー(♀)はあの日の夜に流されてしまったそうですが、トム(♀)だけが運良く助かりました。多摩川にはトムという名のオス猫がいますが、こちらは同名のメス猫です。
おぃちゃんは2匹の猫を失ったことをとても悔やんでおられますが、私と話している最中に思い立ったように「これからはこいつといっしょに生きるしかねーな」と一言。
トムがおぃちゃんの心の支えとなり、トムもおぃちゃんに可愛がってもらって平穏に過ごせればなによりです。

我が家のカミさんも長年にわたるマナーの悪い犬の飼い主によって犬を避けるために酷く足を痛めているシャミを病院に見舞ったり、複数匹の保護ねこのそれぞれの薬を貰いに行ったりしています。シャミの入院治療はもう随分と長引いているので治療費の内金も支払いました。
時間がかかっても完治すればなによりです。
------------------------------------------------------------------
私どもの昨今は多摩川での作業や動物病院・買い出し、他。保護ねこのケアは午前3時頃まで続いていて、時間に余裕のない生活を送っています。ご挨拶状やお礼、お問い合わせ、他についてそのすべてに対応できません。
不義理をしておりますがご理解ご了承お願い致します。

多摩ねこ日記~1552

2019.12.22

ファイル 1642-1.jpgファイル 1642-2.jpgファイル 1642-3.jpgファイル 1642-4.jpg

今日は他の地域を回った後でゲン(♂)の捜索に向かいました。実はゲンの安否確認には10月21日に足を運んでいます。多摩川の中州の林に棲んでいたゲンはそこから少し離れた場所のおぃちゃんの所まで毎日ご飯を食べに通って来ていました。

しかし、10月21日に現地を訪ねたときはゲンのいた300m 四方はあったと思えるうっそうと木々が茂った中州そのものが完全に消えていたのです。
その中州と陸続きの河川敷は激しい流れの濁流に持ちこたえたわずか数本の木にガレキが絡みついているだけで、後はそのすべてが流されていて、泥で茶色く変色したのっぺらぼうの河川敷へと様変わりしていました。
猫でも人でもいくらでも隠れる場所のあった所が、遠く四方までが見通しが良く、そこに生き物などがいないことは一目瞭然です。私はこの時点でゲンの生存には厳しいものがあると感じました。

でも、諦めることは簡単。希望を捨ててはいけないと思い、その後もその周辺の捜索に11月8日、25日、12月6日、そして本日も足を運びました。そこにいたはずのおぃちゃんの姿もありません。普通であれば台風で避難していたおぃちゃん達はまた元の場所に戻る傾向が強いのですが、今のこの現場を見ると地形そのものが変形していて、とてもおぃちゃんが住めるような場所ではなくなっています。

今回の10月の台風での河川の氾濫の威力は過去にないものでした。残念ながらゲンはあの日の夜の濁流に巻き込まれてしまったようです。
ゲンは2013年10月に何者かによって右後肢を鋭利な刃物のようなもので切断され、血をしたたらせたままの状態で遺棄され、そして今年の10月までを多摩川で関係者の愛情に見守られて過ごしました。

多摩ねこ日記~1551

2019.12.18

ファイル 1641-1.jpgファイル 1641-2.jpg

いまだに安否の確認が終わっていない地域を回りました。台風直後に一度尋ねた場所でもあるのですが、その時は強い雨が降っていたせいか猫もおぃちゃんも姿が見えずにすぐに他の場所に移動したからなのです。

今日はおぃちゃんにも会えました。そして、おぃちゃんの伴侶でもあるハヤブサも元気に過ごしていました。10月の台風当日は日頃から台風やゲリラ豪雨などの非常時に避難するために準備していた猫用のキャリー(手作りの大きめの木箱)にハヤブサを入れ、それをリヤカーに積んで早めに避難していたそうです。

当日の夜の強い雨風の音に落ち着かなかった木箱の中のハヤブサだったようですが、お蔭で危険な思いをすることなくやり過すことができました。どことなく子供っぽいハヤブサでしたが、今は良く食べて体も大きくなり立派に育っています。

しばらく移動して7~8匹の猫がいる所に行ってみました。この辺りも台風当日はとっくに濁流の底となって、辺りは泥と倒木で足の踏み場もない状態になったままでした。
私が目視したのは1匹のみでしたが、関係者の方に聞くと8匹全員が元気でいるそうで安心しました。
この辺りの河川敷はなだらかな傾斜になっていて、より高い場所に逃げやすい地形なので、猫も難なく逃げることができたのでしょう。

多摩ねこ日記~1550

2019.12.15

ファイル 1640-1.jpgファイル 1640-2.jpgファイル 1640-3.jpgファイル 1640-4.jpg

10月の台風以来、初めてシロ&チビのおぃちゃんを訪ねました。気にかけていたものの、それぞれの地域の状況が思いのほか厳しいので広い範囲の河川敷の安否確認などを続けているうちに今日になったのです。

現地に着いて真っすぐにおぃちゃんがいた場所に向かいました。案の定、ガレキが散乱したままでそこにあった小屋やシロ&チビが暮らしていた名残も何もかもが消えていました。
いったいおぃちゃんはどこに ?
しばらくして他の方に聞くと、少し離れた場所にとり合えずの雨露を凌げるテントで暮らしているとの事でした。林の中を進んでいると私の姿を見たおぃちゃんの「おーい、おーい」といういつもの大声が聞こえてきました。

台風の直後はどこにも行き場がないので、河川敷に設置してあるトイレで夜を明かしたそうです。シロ&チビはあの日の夜の濁流から運良く逃れることができたようで、2匹ともずぶ濡れになってガレキの中で固まっていたそうです。

小屋もすべての私物を失ったおぃちゃんは「とにかく、こいつらが可愛そうで」と思って自らが食べることも後回しにして何よりも先に2匹のための猫小屋を作ったのです。それからすぐに流されてしまった猫フードを買ってきて与えたのだそうです。

今は地面が底冷えのするテント暮らしですが、小屋を作るための資材を集めているところです。今日はシロの元気な姿を見て安心しました。薄い三毛柄のチビ(♀)の姿はたまたま見れませんでしたが元気でいるそうです。
フード&日用品などをお渡しして多摩川中流域を後にしました。

多摩ねこ日記~1549

2019.12.12

ファイル 1639-1.jpgファイル 1639-2.jpgファイル 1639-3.jpg

チャコは3年前に生後2ヶ月くらいのときに捨てられた猫です。当時はよほど怖く辛い思いをしたまま多摩川に遺棄されたと思えるほどの警戒心の強い猫でした。こんなに幼いのにそこまで人を恐れる子猫を見てとても気の毒に思いました。

付近にいる猫と出くわすと、その度に脱兎のごとく逃げ回っていました。でも、そのうちになぜかミー&タカのミー(♂)とだけは仲が良くて、いつも2匹で連れ立っていたのです。
やがて、長い時間をかけてご飯を準備して見守っていたおぃちゃんや毎日欠かさず様子見をしていた我が家のカミさんもいた事から限られた人に対してはその警戒心を解いてくれるようになったのです。

そして、以前は20m の距離を置いても全力で逃げていた私に対してもゴロゴロと体を擦りつけて甘えるまでになったのです。反面、見知らぬ人には決して近寄らないチャコだったので、多摩川においてはある意味で安心できる部分もありました。

そうして人間との気持ちのキャッチボールができるようになった頃にはチャコ自身の表情や仕草にもゆとりが感じられるまでになったのです。そんな平穏な暮らしがしばらく続いていたときに10月12日の台風19号が関東を直撃したのです。

おぃちゃんの木造の小屋も過去の増水をも耐え抜いたそばにあった大きな木も、そしてチャコも。そのすべてがあの日の夜に消えてしまいました。台風から60日。チャコの生還はありません。

ページ移動